フランス・コロナ、外出規制の当初予定の2週間が過ぎた

これを書いているのは3/31。

本来ならあす4/1の夕方のJALで日本に発つ予定だった(遠い目)。

コンサートに備えて毎日楽器を弾いていたので、ソロ曲に切り替えても、ベースのテクニックが上がっているから弾いていても気持ちがいい。そのうちピアノもいくつかのソナタをさらいたいけれど、これはテクニックが落ちているので、時間がかかりそうだ。
でも、書いたり読んだりする作業はあまり進んでいない。

午前中に日本のニュースを見て、日本の友人らとメールやりLineの交換をして、日本のブログを見て、最近はついうっかりヤフコメなどまで見る癖がついた。で、昼間は楽器の練習やバレーの復習、軽い運動、フランスやカナダの友人と電話で様子をたずね合うのは夕方以降だ。夜になると今度はフランスのニュースを見てしまう。そして思いついたことを覚書しているうちに一日が過ぎる。

外出規制でストレスが溜まるという人へのアドヴァイス、的な特集番組も増えてきた。

時々引用されるのがパスカルの有名な言葉で、

「人々の全ての不幸は、たった一つのことに起因する。それは寝室でゆっくり休むことを知らないことだ」

というものだ。

確かに、効率や生産性や消費の増大などばかりに追われて環境まで汚染し、いざ、「未知のウィルス」のような「想定外」の危機を前にすると、「経済の死」の方を恐れなければならないような状況は「不幸」としか言えない。

新国立劇場の『ホフマン物語』の中止が決まった。
合唱指揮者の三澤さんのブログで知った翌日、プログラム編集者から知らせが来た。
つい最近校正も済ませたところだった。

この公演は私の日本滞在の予定の後に始まるものだったので、招待していただいたのに行けなくて残念だと思っていたけれど、私の日本行きも公演も中止になるとは思いもしなかった。
『ホフマン物語』はフランス・オペラなのでなじみがある。私の担当した解説はオートマタのオリンピアへの恋についてのものだった(そのうちにブログで公開しよう)。
私のトリオのコンサートは私たちのレパートリーから構成したものだから次の機会があるけれど、外国から演出家や歌手を招いての特定の演目のために練習してきた合唱のメンバーらの喪失感を思うとつらくなる。そういう人たちが世界中にいるだろう。
もちろんそれに伴う経済的損失も大きいだろうけれど、ブラジルの大統領のように経済を維持するために都市封鎖や外出規制をしないと宣言する人もいる。それに、スラム街を抱える都市で外出規制や隔離など不可能だろう。
世界には「自宅」に飲料可能な水道設備がないところだってたくさんあるのだ。

3/30の夜、偶然、1989年の映画『54年の冬、アベ・ピエール』がTVで放映されているのを観た。この映画はリアルタイムで観ているし内容も覚えているからまた視聴するつもりはなかったのだけれど、見始めると、1954年の冬の危機が、今のフランスの不自由さとだぶって感慨深く最後まで見てしまった。
クラウディア・カルディナーレ(CC)が出ていたことはすっかり忘れていた。彼女は完全なバイリンガルだったんだなあ、とあらためて思う。検索すると、フランス保護領時代のチュニジアに生まれたようで、だから完璧なフランス語なのだ。で、このCCというと、私にとっては、中学時代にやはりリアルタイムに映画館で観た『ブーベの恋人』の印象が強烈で、あれ、そういえばあの時の共演者は確かジョージ・チャキリスで、チャキリスと言えばウェストサイド・ストーリーのアメリカ人じゃないか、彼はイタリア語を話していたのかなあ、と不思議な気がした。中学高校時代はほとんど毎週一人で映画館に出かけては「洋画」を観ていたのだけれど、全部「字幕」で、今思うと、原語が何語だったのかほとんど気にとめていなかったのだと気づく。

で、1954年の冬はパリでも零下20度という例外的な寒さで、路上生活者たちが凍え死んだ。家賃が払えなくて追い出された貧しい人々があふれていたのだ。その5年前に廃品リサイクルのエマウス共同体を立ち上げたアベ・ピエールは、彼らを救うために救援物資を届けることをラジオで呼びかけ、パリのメトロの駅を避難所として開放させた。
第二次世界大戦後からまだ10年も経っていないフランスは、復興のために必死な時期で、路上生活者など目に入らなかった。もの言わぬ彼らの声となり、ジャーナリストに彼らの姿を見てもらう目となってもらった。
警察や知事や大臣にも何度も掛け合ったけれど、相手にしてもらえなかった。
アベ・ピエールがどういう人物か調査させるとレジスタンスの英雄で議員の経験もあり、華々しい経歴の男だった。それが今は名もない慈善団体の代表だ、つまり、エキセントリックな「変わり者」だ、と結論づけられた。

フランスは今、マルセイユのディディエ・ラウルという疫学者がマラリアの薬をCovid19の軽症者に投与することで重症化を回避させていることが話題になっている。ヨーロッパが共同で始めた臨床実験が済むまではそんなことをしてはならないと医学界から非難されているのだけれどマルセイユでは「神」扱いとなっている。この人は、疫学者として世界的に有名な権威なのに、そういう野戦病院のような自己判断をしているのでやはりエキセントリック=変わり者、と呼ばれている。
でもマクロンがCovid19との戦いは「戦争だ」と言っているのだから、「野戦病院」もあり得るかもしれない。

ラウル博士もアベ・ピエールも、今目の前で人が死んでいく前に、なんとか命を安全な場所に移したい、という熱意で動いているのが分かる。

1954年のフランスでは、ある意味では今よりずっと「格差」が大きい社会だった。
今の「フランス人」はずっといい条件で暮らしている。それでも生活が不安だと言って「黄色いベスト」運動やストやデモを繰り返す。アベ・ピエールのおかげで、家賃を払えない人が冬場に追い出されることもなくなった(普通は3/31までだがコロナ騒ぎの今は5月末まで)。
今路上にいるマジョリティは、移民や難民や不法滞在者だ。「格差」がグローバル化している。

で、今のような「危機」において、1954年冬のアベ・ピエールの戦いというものの記憶が、呼び覚まされている気もする。
2007年に亡くなるまでずっと彼はフランス人の「好きな人」ナンバーワンだった。

「アベ・ピエールのフランス」が、このコロナ危機でのエゴイズムの引きこもりや暴走を何とかくいとめているのだとしたら、「連帯」という言葉が実態を失わないでいられるかもしれない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント