フランス・コロナ、外出規制の13日目   隔離が教えてくれたこと

フランスは月曜から、感染者数や死者数の数え方を変えると言っている。それによってどちらも一気に倍増するんじゃないかと言われているのが気になる。
実態は変わらないけれど、ここまで「数字」の増減に一喜一憂するのを条件づけられてきたからには、心理的なインパクトは変わるだろう。それにしても、やはりニュースを追ってしまうので、落ちつかない。

29日から「夏時間」になった。気温は下がっていて日も翳ったけれど、これからは日没時間がどんどん遅くなるわけで、今の閉塞状況とのギャップが大きくなる。

義理の親戚の一人(78歳の男性)が28日に亡くなった。もう3年前から大腸ガンの治療をしていて、転移もして、去年の年を越せないのではないかと言われていた。病院内の霊安室に遺体が安置されていて、31日に火葬だそうだ。家族は妻と長男夫婦と孫娘、そして長女。
長男夫婦は近所に住んでいて、長女は水曜まで休みをとれたそうだ。フランスはまだイタリアやスペインのようにcovid19による死者で遺体を安置する場所も足りない、という状況ではなかったからよかった。

他に、感染者が一人出た施設にいる96歳の友や、2人で海辺の町に住む90代夫婦の親戚がいる。

日本にも別の病気をかかえる90代の友や入院中の友がいる。

彼らのことを考えると落ち着かない。

外に出ない生活そのものにはあまりストレスを感じていない。
もともと一階で楽器を弾き、踊り、二階で寝て、三階で仕事し、庭にも出られる。何よりも、水も電気もある。
これまでいろいろな災害で、地震や津波は例外としても、停電とか断水の様子や浸水の様子などをニュースで見たことがあるから、あらためて、別に何の危険もなくてただうちにいるということが恵まれていると思う。逆に、そのような災害で避難したり閉じ込められたりした人々の大変さをあらためて思う。

買いだめに押しかけたり並んだりする人の姿を見るのはまあいいとして、アメリカでトイレットペーパーと同じように銃や弾丸の買いだめをする人たちがたくさんいるというのをニュースで見たのがショックだった。これまで銃を持ったことがない教師などが、危険を感じて初めて武器を購入するなどのケースがあるそうだ。正直言って、この一点だけでも、アメリカに住んでいなくてよかったと思う。日本でもフランスでも、伝染病による外出規制で自衛の武器を備えなくては、という発想はあり得ないからだ。

もう一つの気づきは、これまで面倒だと思っていた「人付き合い」のことだ。

私はもともと出不精だし人を招いたり招かれたりするのも最低限にしたい方だ。いろいろな「行事」に出かけたり、準備をしたり、時には生徒がレッスンにやってくるのさえ、ああ面倒だなあと思うことすらある。いろいろなことを「先延ばし」にする癖もある。
でも、こうやって突然、生徒にも会えないし、仲間にも友人にも親戚にも会えないという「まさかの時」に突入すると、そして、同世代が「高齢者」となっている今、本当にいつどんなことで「もう会えなくなる」という事態が来てもおかしくないんだなあ、と実感した。
もちろん、自分自身も事故や病気で動けなくなる可能性があるのは理屈としては分かっていても、とりあえずは今日でも明日でも来月でも来年でもないだろう、というか、現状が続くと漠然と思っていた。またそうしないと生きていけない。

でも、こうなってみると、この「外出規制」が解かれて、ウィルスも「制御」されて、日本にも別の外国にも自由に行けるような「以前のような日々」が戻ってきたら、もう、人と会うことを面倒だとかは思わないだろうという気がする。だれかから何かを頼まれたり助けを求められたりして具体的に動けて役立てるとしたら、ありがたいとしか思えない。

これまではたとえ誕生日を重ねても、「高齢者」だとかいう分類に入っても、本気で「余生を充実したものに」とか「残された時間を感謝して有意義に」とか実は思っていなかったということが判明した。
多少の事故(このブログのきっかけとなった肩を打って両肩拘縮になったり虫垂炎で緊急入院したり)があっても、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という部分はあるし、両親との別れの体験なども、自分が生き続ける中で力になるように変異させてきた部分がある。

でも、今回の「まさかのパンデミック」による「外出規制」は、直接の不都合や不自由さ不便さと実感との間のギャップがあるせいか、「この後」の世界に無事再出発できるなら、何かが大きく変わるだろうという予感がする。

この「隔離期間」を乗り越えるためにと、宇宙飛行士の例や潜水艦乗組員の例や観想型修道会の例がよく引き合いに出されている。でも、彼らはなんと言っても、自分の意志でそのような生活に入った人たちだ。
私の場合は、どこも痛くもなく、さしあたって身の危険もなく、これという物質的不自由もなく、それなのに、望んでもいない「隔離」を突然命じられたからこそ、初めて形をとってくる何かに気づきつつある。

その意味では、中途半端な不要不急の外出自粛や他人の行動と比べることなどによってくすぶるストレスをためるよりも、私にとっては貴重な期間になりそうだ。

毎日の特別番組でも、この「危機」があらゆる意味(製造業の中国依存なども含めて)で、これまでの行き過ぎたグローバリゼーションや環境破壊から舵を切り替える転換点になるだろうという言説が増え始めた。ほんとうの「知恵」が必要とされ試される時が来る。

といってもこの「非常時」が子供や若者や働き盛りの人たちにとって、状況によってはトラウマになるかもしれないと思うと心が痛む。
そのためにも、この「危機」が、最終的に、次の世代により良い世界を提供するためのチャンスとする使命感が多くの人に共有されるように祈りたい。

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