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zoom RSS ポピュリズムと妊娠中絶とキリスト教の関係

<<   作成日時 : 2017/02/20 01:00   >>

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政治にポピュリズムが広がるのと並行して、妊娠中絶法をめぐる対立が目立つようになった。

キリスト教原理主義と言われるグループにそれが目立つ。

フランスでも国民戦線のマリー・マレシャル・ル・ペン(党首マリーヌの姪)が今は全額健康保険でまかなわれる妊娠中絶の一部を有料にするなどといっている。党首は中絶法には触らないと言った。

共和党の大統領候補フィヨンは、カトリック実践信者としては中絶に反対だが、大統領になったら中絶法は改正しないという。

フランスのカトリック教会(司教協議会)は、1970年代の中絶合法化には反対したが、いったん法律ができたらクレームをつけていない。共和国主義が優先する。

2014年に中絶法の改正で反対したのはそれまで「窮地にある女性が」とあった言葉が削除されて「妊娠を継続したくない女性」に変えられたからだ。

妊娠中絶を選ぶ女性はそもそも望んでいない妊娠をしたか、無事に生んだり育てたりするのが困難だと予測できる状況に陥ったかで、リスクもないとは言えない手術を敢えて選ぶ時点で、心身ともに窮地にあるのはある意味で当然だ。それを単に「継続したくない」と、「したいか」「したくないか」のような安易な印象に落とし込むことは納得できない、というのはなんとなくわかる。

それでもフランスのカトリック教会がバチカンと少し違うのは、そもそも中絶より前の「避妊」に対する態度の変化に端を発している。

すべては、避妊が神の造った自然に反する、というカトリック教会の立場から始まった。

すでに旧約聖書の創世記の有名なシーン(38,8-10)がある。

《ユダはオナンに言った。「兄嫁のところに入り、兄弟の義務を果たし、兄のために子孫をのこしなさい。」
オナンはその子孫が自分のものとならないのを知っていたので、兄に子孫を与えないように、兄嫁のところに入る度に子種を地面に流した。
彼のしたことは主の意に反することであったので、彼もまた殺された。》

という、古代ユダヤ社会の家父長メンタリティ全開の場面だが、「性」は子孫を作るためにある義務だという、ある意味では昔はどこの社会にでもあった規範と、それを回避する「智慧」との話でもある。

ところが、キリスト教がストア派の広がる禁欲的なヘレニズム世界に広まったこともあって、性の禁忌がスペックに取り入れられてしまった。

トマス・アクィナスは、神学大全の中で性の歓びは命の誕生を想定した場合にだけ正当であり得るとした。

1885年にはローマ教会がわざわざ、妊娠を避ける唯一のまっとうな方法は禁欲でありそれ以外は「罪」だとした。

そういう見解が出されるということは、産児制限がカップルの間で普通になっていたからだろう。

1930年にイギリスの聖公会が、産児制限に禁欲以外の方法があってもよいとの見解を出した。

新約聖書には産児制限の規範がないからである。

ローマ教皇ピウス11世はその年の12/31にCasti connubiiで、新しい命の誕生を想定しないすべての婚姻行為は神と自然の法を侵襲するとした。

カトリック教会は1870年に、信仰と道徳について「教皇の無謬性」を宣言していたから、議論はそれでストップした。

1950年代に第三世界で人口増加と飢饉が起こり、産児制限の必要が出てきた。
1960年代には欧米でピルによる避妊が始まり、それまでの避妊の概念を変えた。

1964年には、フランスで、ピルを許可してくれと教皇に嘆願するメディアが現れた。
第二バチカン公会議の時代である。
モントリオール大司教のレジェ枢機卿は改革の必要を認めた。
教会の公式なポジションと信者の生活との乖離があまりにも激しいことを批判する人もいた。

けれども、第二バチカン公会議はそのことを織り込まなかった。

意見が分かれたからでもあるが、何よりもネックになったのは、ここで避妊を認めれば「教皇の無謬性」が崩れるからだった。

結局、パウロ六世は、1968/7/25のHumanoe vitoeによってすべての婚姻の行為は命の継承につながっているべきだ、避妊は不倫やモラル一般の低下につながる安易な道だと言った。

1968年の五月革命でメンタリティが深いところで変化していたフランスの司教団はあせった。

ピルもすでに1967年12月に正式に解禁されていた時代だ。

結局、11/8に、「避妊は秩序を乱すものではあるが、教会の教えに従うことと、新しい子供を育てるのが不可能だということの間に葛藤がある場合は、どちらが『より大きな義務』であるかを決定するのは夫婦である」という通達を司教団が出した。パウロ六世はこれについて意見を表明しなかったし、自分の出した回勅に「無謬性」が適用されることも避けた。

この時のフランス司教団の考え方は、そのまま中絶にもつながる。

中絶を決定するのは、望むか望まないかということではなく、子供を育てることが不可能だという状況の自覚による選択であるということだ。

そんなものは「言葉の綾」だと言えばそれまでだが、悩んだ末に困難な状況で子供を産んだ女性や中絶不可能な状況で子供を産まざるを得なかった女性たちが立ち向かう困難の方を考えると、それらの母子に「何が何でも教会は祝福しますよ」と言うのはせめてもの慰めのような気がする。

状況を把握して生まないことを選択できた女性は、一つの困難を回避できたのだから、教会の言うことなんか気にしなければいいし、気にする人は、それよりも教会の「いつくしみ」や「免償」の方に期待すればいいのだから。

世界の片すみで、「何が何でも命が大切、人には人の命を奪う権利はない」と声を上げる存在は、平和にとって一定の役割がある。

それが罪悪感の助長や懲罰的態度、女性の権利の制限へと逸脱していくのは、また、別の話である。
弱者を利用し、正義を掲げて他者を裁くポピュリズムに安易に利用されては、女性の自由獲得の長い戦いを無駄にする。

(このブログは健康ブログと化していますが、そのベースには死生観があるわけで、ここに書き留めておきます。)







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